お早うございます。早起きディレクターです。
今朝、朝食に出た豚汁を食べながらなんとなくお椀の山芋を眺めていたら、ふと、今は亡き中学生時代の友人「Sくん」の事を思い出してしまいました。
山芋のその不器用な形が(失礼ながら)「Sくん」のごつごつした”いがぐり頭”を連想させたのです。
「Sくん」ごめんな。
「Sくん」は当時の中学生の中でもだいぶ小柄で、痩せた少年でした。
でも、体に比べて頭が妙に大きくて、しかもそのごつごつした”いがぐり頭”の下で、少年にしてはかなり荒(すさ)んだ目が暗く光っていました。
当時の僕達の居住地域にも貧富によるそれなりの格差はありました。
様々な人生の業や歴史を背負った人々が混在していましたから、両親に温々と育てられた僕などには理解しがたい深い事情が「Sくん」にはあったのでしょう。
ちなみにさっき中学生時代の友人と書きましたが、正直言えば「Sくん」は友人と言うよりも「ちょっと難儀なクラスメイト」といったほうが正確でした。
というのも彼は教室でも他のクラスメイトとはなんとなく距離をおいていましたし、どちらかといえば不良系の学生たちとつるんでいることのほうが多かったからです。
かといって「Sくん」は学校の窓を割って暴れ回ったり、人から金をせびったりするような迷惑なタイプではなく、なんとなく”居るところがないから”仕方なく人を避けている、といった風情でした。
きっと友人と言えるような存在もあまりいなかったのかもしれません。
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ビートルズが聞きたかっただけの少年
そんな「Sくん」が突然、我が家にやってきたのは中学3年生の秋頃だったと記憶しています。
1970年代の中頃で、FMラジオではジャニス・イアンの曲などが流れていた時代。
僕もジャニス・イアンが好きで「17歳の頃」などを聞きながら、そろそろ高校の進路が気になりだしてきた頃です。
そんな午後の昼下がり、わが団地の4階の呼び出しブザーがいきなり鳴り響きました。
僕が扉を開けると「Sくん」がぬっと玄関前に立っていました。
僕はびっくりして戸惑いながら(そして若干びびりながら)用件を聞きました。
すると彼にしてはめずらしく、少しはにかんだ様子で「吉岡の家に行ったらビートルズが聞けると思ってやって来た」とぼそぼそとつぶやきます。
僕はその頃から音楽少年で、よく学校でビートルズの話をしたりギター演奏などをしていましたから、噂を聞いて「Sくん」は意を決して我が家にやってきたのでしょう。
しかも当時我が家には父親自慢の最新オーディオセットもありました。
その日はたまたま父も自宅に居て、玄関のやり取りを聞いていたようで「淳!早く上がってもらって聞かせたったらええやろ」と大乗り気です。
ぼくは何となく雰囲気に気圧されてしまい、しかたなく「Sくん」をリビングにあげ、ステレオでビートルズの「イエスタデイ」などのシングル盤を数枚聞かせてあげました。
なぜシングル盤かというとそれだと一曲分だけですむからです。
もしアルバムだと一回針を落としたら最後、すくなくとも片面4、50分はずっと聞いていないとなりません。
つまり小心で狡猾な吉岡くんは早く「Sくん」に帰ってほしかったのです。
でも「Sくん」そんな僕の気持ちに気づいてか気づかなくてか、ただずっと嬉しそうな顔をして、時に感じ入った表情で、じっとビートルズの曲に聞き入っていました。
そして「Sくん」は4,5曲聞いてからおもむろに立ちあがりました。
僕はなんとなくほっとしたような、でもそんなに楽しいのならもう少し居てもらいたいような、なんとも複雑な気持ちで「また、いつでも聞きに来たらいいよ」などと心にも無い親切言葉で彼を見送りました・・・
その後「Sくん」が我が家にやってきたのかどうか、残念ながらはっきりと覚えていません。
一度だけやって来たような気もするし、一度も来なかったような気もするし。
その頃は高校受験やら何やらで頭が一杯で、僕の「Sくん」に関するその後の記憶はかなり曖昧です。
あのころの中学生のその後の人生・・・
そして高校に入学して数ヶ月たったある日、たまたま中学時代のクラス担任だった先生と友人との3人で晩ごはんをともにする機会がありました。
まだ若くて熱血漢の先生は当時、生徒とも友達みたいに接してくれた人で、僕も受験のときにはかなりお世話になったものです。
食事をしていると当然、話題は昔のクラスメイトのことになり、先生から「Sくん」に関する衝撃的な事実を聞かされました。
「実はSは中学を卒業しても高校にはいかずに働いてたんやけど、いつしか悪い仲間ができて暴力団みたいな組織に加わってしまい、結局最後は鉄砲玉みたい形で逆に殺されてしもてん。」
・・・・・・・
当時は中学の同級生と言えども様々な事情の人間がいて、中には「Sくん」と同じような反社会的組織に進んだ者もいたと伝え聞いています。
だから、そんなことは当時はとりたててめずらしい事ではなかったかもしれません。
でもそれがなぜ、あの、まだ若い「Sくん」なのか?
あの日、嬉しそうに黙ってビートルズを聞いていた「Sくん」でなければならなかったのか。
「Sくん」はまだ17歳にもなっていなかったのに。
以来、そのことがずっとひっかかったままでした。
それほど親しくもなかった「Sくん」のことをこの歳になっても、ふと思い出してしまう。
そんな自分のやり場のない気持ちの置き場がなくて、だから文字にしたくて、そして今は亡き彼のために書いておこうとここに記すことにしました。
今朝はあの頃のようなとびきり爽やかな秋空です。
久しぶりにジャニス・イアンの「ジェシー」でも聞いてみようと思います。
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