お早うございます。早起きディレクターです。
20世紀の世界のポップス界を牽引した偉大なる作曲家バート・バカラックさんが、今月、2月8日、ロサンゼルスの自宅にて94歳で亡くなられました。
自然死だった・・・という記事を読みましたが、氏の最後が穏やかなものであったのならそれにまさる事はありません。
心からご冥福をお祈りいたします。
ずっとファンの気持に寄り添ってくれたアーチスト
「小さな願い」「サン・ホセへの道」「クロス・トゥー・ユー」・・・バート・バカラックさんの独特の世界観をもった美しいメロディーやハーモニーは、日本の子ども心にも親しみやすく、僕も初めて聞いた小学生の頃から今に至るまでずっとファンとして楽しませていただきました。
とくに名曲「雨にぬれても」は、映画「明日に向かって撃て」の名シーンと合わせて、これまでへこたれそうになった自分の人生で何度も何度も明日への希望と勇気を感じさせてもらいました。
氏の晩年の生活がどのようなものなのかは知りませんが、バカラックスさんは僕にとっては”ファンの気持ちを最後まで守り続けてくれた”という点でも、なかなか稀有な存在であります。
そう、音楽だけではなく映画や小説、テレビにいたるまで、”ファンの気持ちを最後まで守る”ということは、とても大切だけど困難なことなんでしょう。
最初はある作品の魅力でファンの心をギュッ!と鷲づかんだものの、その魅力が短い時間で消えてしまうこともあるし、また、きらめきが長く続いたとしても、アーティストの表現方法やスタイルの変化、進化などによって、結果的に「ファンの気持ちを裏切ってしまった」などということは世の中ではよく見られます。
しかも、ヒット曲を出したけども20、30代で早逝したようなロックミュージシャンならいざしらず、氏は94歳まで生きぬいた。
ファン心理て身勝手なもんですけど・・・
例えば、かつてはフォークの花形として登場したボブ・ディランが後に、エレキ・ギターを手に新しい”ロック”というスタイルで再登場したときに”フォークシンガーであるディランのファン”達から大ブーイングを受けた時のことなどは、僕世代にはまだ記憶に新しい事件です。
ほかにも個人的な経験を振り返れば、あの名曲”♪瀬戸の花嫁”で世間から喝采をあびた歌手・小柳ルミ子さんが、数年後には、な、なんとレオタード&網タイツ姿!!で、そのアーティストとしてのスタイルを変化(進化?)させた時も、純朴な青年ファンとしてはちょっと心がざわついたものでした。
というか、ぶっちゃけ言いますと、「ぼくの”♪瀬戸の花嫁”が損なわれてしまった」とがっくりしたというのが本音であります。
とはいえ、小柳さんにせよディランさんにせよ、本人にとっては「人生は一度きりの貴重なもの」であります。
ご本人がどんなふうに変わって進歩しようが、どんな表現を試みようが、第三者にあれこれ文句を言われる筋合いはまったくありません。
もちろんこっちもそんな理屈はわかっているんです。
でもねえ・・・元宝塚出身とはいえ、瀬戸の花嫁がレオタード&網タイツになるのはいかがなものか・・・(しつこい?)
あ、でもディランの曲はもちろんいまでも大好きですし、いまもギターを持てば”♪瀬戸の花嫁”をたまに歌ってしまいます。
そんなわけで、今回、偉大なバート・バカラックさんの訃報を聞いた時、真っ先に浮かんだ他愛もない感想をのべてみました。
やっぱり人間、いつまでも自分の淡い思い出は大切にしていきたいですからね。
バカラックさん、本当に本当に最後までありがとうございました。
小柳さんもボブさんもありがとうございました。
雨にぬれても |
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